<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>どこでも楽しむ</title>
      <link>http://budget-car-rental.info/</link>
      <description>ウルグアイのご紹介</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 03 Jan 2012 11:52:37 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>スローライフの火をつけた本　2</title>
         <description>なぜ買ったのかというと、日本の時間の流れ方に疲れていたのです。


アメリカでは道を歩いていても英語ですからこっちが注意していないと情報は入ってきません。


しかし、東京ではサンフランシスコに比べ時間の流れが速いのと、なにもしなくてもこれでもかという風に情報が目にも耳にも入ってくる。


だからものすごく疲れてしまい、キリキリしてしまって、「このままじゃ、いかんなあ」と焦りさえ感じていました。


もともとのんびり屋だから、自分でコントロールしなきゃと思ったのですね。


買ったときは中身を全然見ませんでした。


スローライフなどという言葉が流通していない時だったので、あまり期待もしないでいたのですが、読んでみたらすごく面白い。


これをネタに、担当の売り場でフェアができるぞ、と直感しました。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2012/01/2_2.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2012/01/2_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 11:52:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>スローライフの火をつけた本</title>
         <description>今日はおすすめの本を紹介します。


『スロー・イズ・ビューティフル　遅さとしての文化』。


サンフランシスコの支店から新宿本店に戻って5階の売り場に配属になりました。


人文書です。


あまり読むチャンスはないのですが好きなジャンルなのです。


それでブラブラと売り場を歩いていた時に最初に目に止まった本が、これでした。


「日本思想」や「カルチュラルスタディーズ」、「環境倫理」などあちこちにやたら平積みになっていました。


著者の辻信一という人は知らなかったのですが、タイトルや装丁がいいなあ、と思ってすぐに買いました。


実はアメリカから戻って最初に買った本なのです。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/12/post_26.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/12/post_26.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 11:51:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ネコが病気になったら　～膀胱炎</title>
         <description>膀胱炎は猫にとても多い病気です。


ブドウ球菌、連鎖状球菌などの化膿菌や大腸菌の感染によって起こります。


膀胱に結石や尿砂がたまったための物理的刺激で、膀胱の内面に炎症が起こり、ここに細菌が感染して起こる膀胱炎もあります。


猫が便器にすわる回数が頻繁になります。


重症になると1日中便器にすわったままという状況が続きます。


出てくる尿はほんの1滴か2滴で、大へん苦しむ場合もあります。


尿の色は、濃い黄色から茶褐色に変わり、赤茶色であったり、真っ赤な血の塊が出ることもあります。


軽度の発熱(39・5度C)があり、食欲がむらになります。


下腹部を指で軽く圧迫すると痛みを訴えます。


膀胱が健康状態ならば、細菌が侵入したからといって毎回膀胱炎にかかるというものではありません。


外陰や会陰部が尿でいつも湿っていたり、不潔になっていると、細菌に感染のチャンスを与えるようなものですから、排便後は、外陰の周囲を清潔にします。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/11/post_25.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/11/post_25.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Nov 2011 16:51:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ネコが病気になったら　～腎孟腎炎</title>
         <description>腎孟腎炎の原因になる細菌は、急性腎炎と同じく、ブドウ球菌、連鎖状菌、大腸菌や変形菌などです。


高熱を発します。


尿は黄褐色やコーヒー色に着色して、ひどい悪臭を放ち、濁っています。


病初は嘔吐はありませんが、病勢が進むにつれて吐き気が出てきます。


腎孟腎炎では、左右の腎臓が同じ程度に悪くなることはごくまれですから、尿毒症を起こす心配はありませんが、化膿性の腎孟腎炎の場合は、治りが悪く、尿の濁りがひどいので気をつけましょう。


食欲が衰えるにつれて、やせてゆくことは、慢性腎炎と同じです。


・・・どんな理由があるにせよ、排尿をがまんさせることは絶対に禁物です。


膀胱炎、尿道狭窄や尿道閉塞がある場合は、それらの病気もあわせて治療することです。


膀胱炎のように尿しぶりや尿意の頻発こそありませんが、尿の排泄を順調にしてやることが、治療の大きな助けになります。


尿の停滞の原因をなるべく早く除去することと、細菌感染による病気ですから、外陰部を普段から清潔にするよう心がけましょう。


</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/10/post_24.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/10/post_24.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 03 Oct 2011 16:49:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ネコが病気になったら　～腎炎</title>
         <description>オキシドールやルゴールを浸したガーゼで、歯や歯肉を軽く丹念にマッサージします。


副鼻腔炎などを持病にしている猫の場合は、鼻づまりを治すために、水で湿したガーゼで鼻の周囲を日に何度か丁寧に清拭します。


こんな方法でも続ければけっこう効果が上がるものです。


細菌の感染による慢性の疾患ですから、生活環境についても検討を加え、陰湿は病魔の好むところですから、風通しや日照などには特に気を配ることが肝心です。


慢性腎炎は、急性腎炎にくらべて症状が激甚ではありませんから、嘔吐がはげしくない限り、新鮮な水を自由に与えます。


体力の消耗を補う意味で蛋白質、炭水化物、脂肪に富んだ良質の食事を与えて病気に対する抵抗力をつけます。


最近は、腎臓病用の処方食が販売されていますから、それを利用するのも一つの方法でしょう。


風がなくて暖かくて、しかも暗い静かな場所に猫を保護してやると、安心して療養生活をするように見受けられます。


薬物療法が必要です。


腎孟腎炎の原因は、排尿をがまんさせたために膀胱が満杯になると腎孟にまで尿が停滞を始めます。


このような現象が長いこと続くと、腎孟は尿漬けの状態になるため、細菌の侵襲に対して抵抗する力が弱ってしまって腎孟腎炎を起こします。
</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/09/post_23.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/09/post_23.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 19 Sep 2011 16:49:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>動物のリズム</title>
         <description><![CDATA[
1938年に、ハンチントンに彼の不朽の調査、『出生の季節-人間能力との関係』を発表した。


その中で、彼は知能や精神異常を含む多くの特性に関係づけられる出生率に季節変動のあることを示すグラフを多くの国ぐにについて与えました。


彼は、それらの季節傾向を説明する理論を提供したが、占星術による説明は信じなかった。


一年のうち初期に、出産が比較的多いというこの傾向は、いくつかの国からえられた証拠により支持されています。


北半球では、一年のうち前半で出産がより多く、南半球では、そのパターンは逆になり、一年の後半で出産はより多い。


このことは気候による説明を示唆するが、他の要因も含まれているにちがいない。


それは、この一般的規則に例外があるからです。


＞＞悩み相談・・・<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">占いはこちら</a>


]]></description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/09/post_28.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/09/post_28.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 16 Sep 2011 13:23:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ネコが病気になったら　～慢性腎炎</title>
         <description>慢性腎炎は急性腎炎の原因と同じですが、病気の起こりかたが軽く緩徐なために飼い主が気づかないうちに病気が進んでいるのが普通です。


したがって、若い猫に起こることは、ごくまれで、中年から老年の猫に多く起こる病気です。


歯肉の化膿や頬の粘膜の潰瘍や口内炎、また、舌炎などが長引いていることが慢性腎炎の原因になるようです。


また、細菌性の心内膜炎が原因になることもあります。


食事の食べ具合が悪くなり、少しずつやせてきて、毛つやがなくなり、水を異常に飲みたがり、尿の量が増加します。


原発症が口内炎など口腔内の細菌感染であれば、口臭がひどく、よだれを流します。


目が凹み、目や口の周囲が汚れがちになります。


病勢がさらに進むと、猫は全く動かなくなって、時に痙攣を起こしたり、四肢を突っ張って硬直することもあります。


長い期間かかって起きた病気ですから、原因の追求がかなりむずかしいことが多いようです。


歯肉炎、歯槽膿漏、口粘膜の潰瘍などが誘因になっている場合は、まず、口腔内の清潔から始めるべきでしょう。


</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/08/post_22.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/08/post_22.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 08 Aug 2011 16:48:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ネコが病気になったら　～泌尿器の病気</title>
         <description>病初は体温が急上昇しますが、その後は下がり気味な傾向となりますから、体が冷たく感じられたら、真夏でも猫の体の保温には気をつけます。


ホット・プレートやアンカをぬるめの温度にして入れて体を暖めてやります。


やせが急に目立ち、体毛を立てて、頭を垂れ、両前肢の上に乗せて、じっとしている姿勢を始めたら、病気はかなり進んだと考えてよいでしょう。


手遅れになる心配があります。


食欲が少しでもあるうちは、ふだん好む食事を少量、手移しで与えてみましょう。


発熱している時は、おうおうにして、食思が変わる場合がありますから、魚の刺身や練製品などを少量与えてみるのも、食欲を促す助けになります。


急性腎炎には全身衰弱や尿毒症がつきもののようにつきまといますから、体力を失わせないことが再起を早めるポイントになります。


抗生物質の投薬がぜひ必要です。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/07/post_21.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/07/post_21.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 18 Jul 2011 16:47:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>AT&amp;Tの再編とその後　2</title>
         <description><![CDATA[当時、<a href="http://fax.toones.jp/" target="_blank">インターネットＦＡＸ</a>などを扱う情報通信産業は、新たな技術革新で大きく発展しようとしていました。


マイクロコンピュータの発明で、人々は個人レベルで情報処理能力を持ち始めました。


そして個人と企業、大学などの組織のコンピュータが通信でつながり始めました。


付加価値通信網(VAN)などが登場したのもこのころです。


巨人IBMも汎用大型機からパソコンへと舵を切り始めていました。


しかし、通信業界の巨人AT&Tは今後発展が見込める、これらの分野へ進出することができなかったのです。


過去の独禁法訴訟で司法当局と交した取り引きが足かせとなっていました。


AT&Tは公衆電気通信以外には、進出しないと約束させられていたためです。


・・・つまり、電話サービス以外には進出できなかったのです。

]]></description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/06/att2.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/06/att2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 20 Jun 2011 17:14:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>AT&amp;Tの再編とその後</title>
         <description><![CDATA[人為的な業務区分は健全な競争を阻害します。


再編後のNTT3社が独立性を強めるとすれば、この業務区分が新たなくびきになり、利用者に対しては新たな不便を与えることになるのは間違いありません。


いま、米国情報通信業界で激しいM&A(企業の吸収・合併)が繰り広げられています。


史上最大という合併が、次の合併劇で、その記録が塗り替えられるありさまです。


なぜこうした事態が起きるのか・・・


その源流はまだ<a href="http://fax.toones.jp/" target="_blank">インターネットＦＡＸ</a>のなかった1984年にまで遡る必要があります。


米国最大の電話会社AT&Tが長距離会社と7つの地域電話会社に分割されたのは84年のことでした。


それまで事実上米国の電話事業を独占していたAT&Tは、しばしば司法当局から独禁法違反に問われ、法廷闘争を繰り返していました。


長年司法当局と闘ってきたAT&Tがこの時になって、分割を受け入れた背景には、情報通信をめぐる時代の流れの大きな変化がありました。


]]></description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/05/att.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/05/att.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 26 May 2011 17:13:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ある男の生涯　4</title>
         <description>浄化タンクも現在よりはるかに小さくてすむから設備が安上がりです。


クロフタはこの装置の設計と販売を扱う会社を始める決心をしました。


顧客第一号は若い製紙工場所有者でした。


父親に死なれた彼は、ヴェヴチェの工場に来たあのイタリア兵のように、わけのわからない生産手段を残されて途方に暮れているところでした。


巨大な製紙機械も、生命を与えてくれる企業家を待って放置されていました。


クロフタが指導して会社の生産を再開させ、外国にもその製品の買手を見つけてやりました。


しかし、それ以上に彼にとって意味深いことは、この工場に完全に稼働できる浮遊式浄水装置の第一号を作ったことでした。


それはクロフタ・ウニフロートと名づけられ、スウェーデンのアドカ社の場合の4倍以上、1分間に2500ガロンの水を処理できる装置でした。


4年間のヴェヴチェの支配人時代の評判を生かして、クロフタのミラノでのコンサルタント業は順調だったのですがその仕事が再び彼を家族から引離すことになりました。


スイス、オーストリア、カナダ、そしてアメリカにまで彼は足を伸ばしました。


インドにも出かけ、5か月の滞在中にはインドにパルプ工場を作ることをも考えました。


しかし内乱の勃発でそれは立ち消えになりました。


時がたつにつれ、彼はイタリアの政治情勢に不安を抱き始めました。


戦時中のユーゴスラヴィアと同様、イタリア国内ではコミュニストが少数派ながら強い勢力を持っていました。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/04/4_1.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/04/4_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 12 Apr 2011 11:08:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ある男の生涯　3</title>
         <description>この地でミロス・クロフタはやりくりと保護だけの仕事に明け暮れた世界を去り、企業家の世界に入っていくことになります。


ここには以前彼に製紙機械を売り、彼の紙を買いつけていたイタリア人たちがいました。


クロフタはマリアたちの来る前から、彼らのつてを頼って、製紙業界のコンサルタントを始めていました。


ヴェヴチェの工場のイタリアの販売代理店だったオフィスに移り、床の上で寝、大衆食堂で貧しい人びとにまじってマカロニを食べる暮しをつづけながら・・・


彼はかつての勉学と工場見学の歳月の間にできた商売上のあらゆる縁故と接触を図りました。


また戦争直前にスウェーデンに出かけた時に興味を引いたある発見についてもその追跡を始めました。


スウェーデンで、彼はアドカという会社を発見したのでした。


汚染物質を沈殿させるのではなく浮遊させるという、それまでとは違う浄水装置を作っている会社です。


製紙工場で使うとなるとその装置は小さすぎて効率が悪いが、彼にはその将来性がすぐに読みとれました。


戦争に阻まれてその原理を応用することこそできなかったのですが、これはリュブリヤナ川の排水問題を解決できると思われたのです。


浮遊法はまったく新しい発泡式浄水方法です。


従来は異物粒子が静止状態の水中に沈むのを待って、それをタンクの底からかき集めていました。


しかし浮遊法の方が流動する水中でも早く異物を泡状にして表面に浮かび上らせることができ、それをすくい出したり、吐出させるのも早い。


理論上では仕事が沈殿法の十倍も早いのです。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/03/3_1.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/03/3_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 12 Mar 2011 11:07:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ある男の生涯　2</title>
         <description>マリアは片腕にまだ赤ん坊の娘を抱き、5歳のチャーサを歩かせて、とうの昔に期限の切れた証明書を手に検問所を通らなければならなかったのです。


運とクリスマス・シーズンが彼女に味方しました。


一人きりで勤務についていた兵士に書類を渡しました。


兵士がそれを丹念に読むのをじっと見ているうちに、マリアは書類が逆さまなのに気づいて、急に元気がでました。


南セルビア人と思われるその兵士はスロヴェニア語が読めないようです。


ばつが悪そうに兵士は手を振って、マリアたちを通過させました。


彼女はやがてバスの停留所を見つけ、トリエステまで乗っていきました。


トリエステでは、ミロスはミラノにいると友人から聞かされました。


大晦日に彼と電話で話すことができました。


トリエステで日付の新しい書類を取るのに一週間かかりました。


7時間バスに揺られてミラノに着きます。


ミロスは停留所で待っていました。


すべてを奪われ、故郷では公けに裏切り者にされ、どこにも確実な未来を見つけることのできないクロフタ一家でした。


それでも彼らは幸運な方でした。


自分の世界を再建するために必要な、そして移動の可能な資本を心のなかにもっている、ごく少ない生き残りでした。

</description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/02/2_1.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/02/2_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 12 Feb 2011 11:07:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ある男の生涯</title>
         <description><![CDATA[トリエステでは、クロフタは友人の所を移り歩き、企業家の転身の苦しみを味わいました。


あらゆる意味で彼の生活は失敗のように見えました。


戦時中、非戦闘員だった彼は、その理由が何であれ一国の成年男子として最も大事な戦士としての試練に失敗しました。


また理由はともかく、妻と2人の幼児を危険と苦難の中に残して、扶養者、保護者たるべき夫の役割を果たせないでいます。


経営者としては、工場を失いました。


市民としては、国を失いました。


・・・そして今、五体壮健な男子であるのに、彼は寝食を友人たちに頼っています。


最初はとうてい耐えられない思いでした。


その思いから逃げ、気を紛らわせるために、引きこもって美の根源についての哲学的エッセイなどを書いていました。


故郷に戻ることも考えましたが、もう引返すのは無理でした。


企業家として身の立てられるイタリアへ行くことに決めました。


・・・一方、リュブリヤナでは、軍部が工場を訪れ、クロフタを不在のまま形式的に逮捕し、マリアの家庭用聖書から先祖伝来の家財まで含めた彼の全財産を没収しました。


軍はリュブリヤナの実業家、企業家数百人を投獄、その多くは2度と戻ってこなかったのです。<a style="color:#666; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://d.hatena.ne.jp/sekyuu/" target="_blank">石塚孝一</a>氏によると、KGBのエージェントが何度もマリアを尋問しましたが、彼女は夫の所在についてはかたく口を閉ざし、やがて娘たちを連れて友人のアパートへ逃げ出し、脱出を工作し始めました。


6か月近くたっても、脱出のてだては見つからなかったのです。


ある暗黒街の人物がスーサークとフユーメイの間の橋のたもとの検問所を車で無事通過させてやると約束し、彼女はその言葉に賭けることにしました。


ところがその男は真冬の12月、夜2時に彼女を橋の手前で置き去りにしました。


]]></description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2011/01/post_20.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2011/01/post_20.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 12 Jan 2011 11:04:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本最初の英和辞書</title>
         <description><![CDATA[日本最初の英和辞書は、『諸厄利亜語林大成』というものです。


文化11年に出たもので、語数は約6000です。


これらは通訳が家で勉強するためのもので、出版はされませんでした。


このようにして英語の勉強が始まったのです。


『年表』には、次に、イギリス船が東洋に出没することが多くなったこと、及び文政8年(1825)には「外国船打払い令」が出されたことが述べられています。


さらに同年、『諸厄利亜人性情志』というイギリス人論の訳本がでました。


そして天保11年(1840)に、渋川敬直(渋川六蔵)による本格的な英文法書『英文鑑』が出ます。


敬直は『天保図録』という推理小説に出てきます。


この文法書の序言に、なぜ英語を勉強するかについて述べていますが、それによると、最近東海に出没し始めたイギリス国は、オランダとはその言語が大いに違います。


『諮厄利亜国語及語林大成』などの書がありますが、それは方言(片言)だけを扱い、その文法を論じたものではありません。


そこで、国家不虞の用に、更には翻訳の便にするため、この書を書いたと言っています。


これが英文法の始まりです。


ところで、<a href="http://www.futboljersey.com/" target="_blank">サッカーショップ</a>はいつできたんでしょう。

英語の歴史とともに、こらから調べてみようと思います。


]]></description>
         <link>http://budget-car-rental.info/2010/12/post_19.html</link>
         <guid>http://budget-car-rental.info/2010/12/post_19.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 12 Dec 2010 12:08:59 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

